マツタケの日本における歴史
日本のきのこ食文化の歴史は古く、縄文時代中期(紀元前2000年頃)の遺跡から、縄文人がきのこを食物として利用してい
たことを示めす遺物(きのこ形土製品)が多数発見されており、岡山市の弥生時代の百間川兼基遺跡からは、マツタケを模
した「土人形」が出土している 。
日本書紀には応神天皇に「茸」を献上したことが記されており、万葉集には奈良の高圓山のマツタケの短歌が載っており、
平安時代になると当時の貴族がマツタケ狩りを季節の行事として楽しむようになり古今和歌集、古今集、拾遺和歌集にしば
しばマツタケの歌が詠まれている。
桃山時代になると、武士もマツタケ狩りをしていた様子が記録として残されており、江戸時代になると一般大衆もマツタケ
を食していたことが江戸時代の料理本「本朝食鑑」に記録されている。
韓国の報道機関からは「マツタケへの日本人の愛着は他の追従を許さない」「(1200年前の万葉集に読まれるなどの歴史か
らして)日本人のマツタケへの愛はすでに遺伝子に刻印されている」とも言われ、日本人のマツタケへの愛着・研究から学
名(Tricholoma matsutake)と日本語の読みが使われるようになったほどである。
利用
日本では一般に香りが良いとされ(独特の香りを嫌う人もいるが)「香り松茸 味シメジ」という言葉があるほどである。
土瓶蒸しや松茸ご飯など香りを生かして食べることが多い。
マツタケの香りの成分の元である珪皮酸(後述の文を参照)の香りは日本人と馴染みが深い大豆に近いものであるため、馴
染みがない人間からするとマツタケの香りは強烈な悪臭としか感じられなく、欧米などでは「軍人の靴下の臭い」」「数ヶ
月も風呂に入っていない不潔な人の臭い」などと言われ、嫌われることが非常に多い。学名のトリコローマ・ナウセオスム
はラテン語で「臭いキノコ」という意味である。
ほかのキノコと同様に、マツタケも加熱により旨み成分が増えるため、生で食べても旨みは感じない。
この香りの主成分は、1938(昭和13)年、農学博士岩出亥之助により解明され、マツタケオールと呼ばれる1-オクテン-3-
オール 1-Octen-3-ol とtrans-2-オクテン-1-オール trans-2-Octen-1-ol 、およびケイ皮酸メチル methyl cinnamate か
らなるとし、人工合成にも成功した。特にマツタケ特有の香りを生んでいるのはケイ皮酸メチルである。マツタケの香りを
再現した安価な合成香料も「マツタケエッセンス」などとして市販されている。
注意
古くなったマツタケを食べると、激しい嘔吐、むかつきや下痢などの中毒症状に見舞われるため十分注意する必要がある。
これは、マツタケのアミノ酸が有毒成分 (ヒスタミン、フェニールエチルアミン) に変化するためだろうといわれている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
日本においては食用きのこの最高級品と呼ばれています。
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